最高裁判所第一小法廷 昭和43年(あ)1141号 決定 1971年3月18日
本店所在地
東京都調布市上石原一三七番地
大村興業株式会社
右代表者代表取締役
大村一郎
国籍
韓国慶尚南道昌寧郡南旨面樹斤里三五三番地
住居
東京都調布市上石原一丁目二二第一号
会社役員
大村一郎こと辛容鳳
一九二八年一一月一一日生
右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和四五年五月六日東京高等裁判所の言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人小田良英の上告趣意のうち、憲法違反をいう点は、原判決に対する論難でないから、上告理由として適法でなく、その余は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田誠 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三)
昭和四五年(あ)第一一四一号
上告趣意書
被告人 大村興業株式会社
大村一郎コト 辛容鳳
右者等上告趣意別記の通り
右提出致します。
昭和四十五年七月十五日
右弁護人 小田良英
最高裁判所
第一小法廷 御中
第一点 本件検挙は憲法に違反し無効である。
一、昭和三十九年五月頃立川税務署から、(1)大塩組(2)東京物産株式会社の経理を調査した処、当社に合計一九、六二四、二三八円の申告洩れがあるから修正申告をする様との当社に対する指導があつた。
しかし右(1)は当社との取引相手ではない。
二、別途昭和三十八年度法人所得確定申告を同三十九年五月三十一日立川税務署に提出(小山会計事務所に委任し)した処、(3)内雑損失中、斉藤良二に関する電話問合せが同署落合法人税課長補佐からあつたので、当社社長は此の時点に於て(3)の点に就いて権利確保の見込がつき、三十九年度申告にする処、(1)(2)の申告を出すならこれも修正申告を出す様経理士に委任した結果、(1)(2)を三十七年度分二、八〇二、八八八円とし、(3)は三十八年度分五一、〇〇〇、〇〇〇円として修正申告を提出することにした。
三、而して同三十九年六月一日市之瀬経理士、被告人会社の専務等が納税の用意をして立川税務署に出頭、前記落合の下に持参提出したところ、言を左右にしてこれが受付を拒まれた(六月五日までの間三回に亘り交渉した)。而して直ちに本件を国税庁に移し査察を行わしめたものである。
以上の経過に就いては第一審記録に明らかで其の判決にもこれが表されていることは明白である。
四、修正申告は国税通則法第十九条に於て認められている国民の権利である。而かも其の申告により合計六、六四九、二二九円増の納税となるのである。之の処置により国の収益は一日でも早くなり、且つ納税者の権利に重大なる利益を及ぼすものなるを、一公務員の右所為により之れが妨げられたことは、重大なる人権の侵害であり、之れは憲法前文前段の原理及び同第十一条に違反するものであり、而して右憲法前文は法令等の違憲行為を排除することを定めているが、其の中に公務員の行動も含まれるものと解すべきで、右税務署員の行為は一切無効として破棄されねばならない。
斯くせねば右憲法前文の効果は生じない。
尚右公務員は本件捜査公判にいたるまで弁護士及び弁護人の活動を妨げた事実もある。
第二点 原審は判決に影響を及ぼすべき重大なる事実の誤認及び法令の違反がある。
一、判決第二中「一」の(2)八幡神社関係に就て
本件は控訴趣意書等に主張の通り当時当会社は定款上不動産売買のなかつた時であつた仝神社の土地払下の条件の一つが地元有力者でなければならなかつた。
それで当時会社役員で増岡源吾が地元の者で議員の経歴もあつたので仝人が其の名義に於て之が払下げを受けたものである、而して其の后之を売却し其の経理は会社外のものとし、それに伴う税金も納税していたものである、此の税額は法人の取扱ひより極めて不利益なものであつた。
然るに今回国税庁の査察の結果此の個人的取引会社の経理に入れるべきものとし之に組替へた、而して更めて其れに伴ふ納税をした、而して増岡名義で納税したものは全部払戻しを受けた、而して其の差額は数百万円払戻を受けた分が多いのであつた、之は偶然でなく当初から分つて居たことで増岡等は本件に就て納税額をごまかす等不正の考へ又行為があつたものではない。
二、仝「三」雑損失欄斉藤良二に対する貸倒れに就いて
之に就いては其の取引の経過、斉藤良二が逃亡行方不明となり其の為に事件の性質上取立不能に陥つたこと等に就ては第一審秋根弁護士、原審小田弁護士の証言で詳細明かである。
而も其の損失額も五千百萬円と申告上明示しているのある。
本件は「甲」伊勢勘三より其の所有農地を「乙」村田泰二が裁判上の和解を経て所有権を得て其の所有権移転の仮登記(以下仮登記と称す)をしていたもので之を買取り一儲けせんと「丙」斉藤良一が之を買受け又其の仮登記を為した、之の取引に必要な資金を懇意な増岡源吾を通じて「丁」当会社から借受けたものである、処が甲、乙間解無効の訴訟が起き長時間かゝり漸く「丙」斉藤が其の土地の四割五分を取ることになつたが斉藤が四割五分の不利益な解決を急いだのは他の取引上倒産の状態で夜逃げの虞が出て来た事を知つた増岡等は其の土地の仮登記を会社に移すべく勧告したが斉藤は之に応ぜず止むなく一応之を増岡に預けることにして其の仮登記を為し直ぐ一家逃亡したのである。其の増岡への行為は客観的には所有権移転の仮登記であるが実質的には預けたものである、乍然逃亡した以上「甲」の策動を許さない様債権譲渡の効力を持たすべく増岡より「甲」に其の債権譲渡を認めよと要求したが、之を拒絶して来た、斯くて斉藤が所在判明せざる限り何等の手続きも出来ず又斉藤が其の権利を甲其の他に売渡す等紛争を生ずる虞れも出たので一時取立不能と取扱つたのである、然るに原審等に於ては単に担保を取つて居ると断定し片附けている、事実は形式丈でなく実質的に見なければならない事は云うまでもないが本件の場合は形式は勿論特に実質的に見ての考へである、斉藤が会社に担保するなら始めから会社名に仮登記を為すべきで本件は増岡に預けたものに相違なく又増岡に何ら之を移転せなければならない原因はない、将来都合よく行つても斉藤の債権者が利益分配する程度であろう其の債権者も会社より少額の二三のものならば逃亡する必要はない、相当多額の負債があると見るのが普通であろう登記の公信力のない我が国の制度に於ては仮りに当事者本人でも其の権利を確保出来ないことは「甲」「乙」間の争に見ても明かである、然るに只何等之を明かにせず只担保を取つていたからと判断したのは重大なる事実誤認である。
之が会社決算期三月三十一日現在の状態であつたから之を雑損失として其の数字を明かにして申告したものである、此の間何等申告上不正の事はなかつたものである。
「一、」の(5) 国立町役場関係
本件は第一審に於て「国立造成工事内訳及び資金借入利息明細書を被告人の主張立証証拠として提出、取調済である(記録四七六枚)
之れは住民訴訟があり、その証拠として出されたもので、之れに先立ち同町議会で特別調査委員会を設け、調査の結果相違なきものとされたものである。
而るに第一審原審共何等之れが調査もなさず、又何等証拠の排除もせず、唯その儘で他の証拠でほ脱があつたとするは審理を尽さない法令の違反がある。
第三点 ほ脱犯の成立について
一、第一審及び原審共、修正申告を提出しても過少申告をしたものは申告期間経過により既遂になるとして、弁護人の主張を退けているが、租税犯に於ても刑法総則の適用あるは勿論である。而して修正申告内容の基礎事実の個々について、其の申請の無かつた原因を調査し、期間内申告しなかつたことの正当の理由の有無、また隠蔽偽装等悪意不正のあるもの、若しくは然らざるものを調査し、夫々之れに加算税の必要の有無及びその程度を決定しなければならぬ立前である。(通則第六八条等)
而して不正のものは判決で云う期限経過と共に既遂となるが、元来犯意のないものは既遂未遂の問題は生じない。
原審が挙げた最高裁の判例も此の意味のものであつて、其の内容を吟味せず之れを適用したことは却つて判例違反である。
此の意味に於て特に第二点に挙げた事実(右事実と云う)の如きは犯罪は成立しないものとす。
二、原審等は之等の原因も調査せず、唯被告人等が別口預金をしたことは悪意であるからとて、之れを有罪としているが、其の別口預金は如何なる時期のものか、右事実と如何なる関係があるのか等をも調査せず、全く審理不尽のもので、右事実には何等の因果関係はないものである。
三、被告人の自白を証拠としているが、之れに就いてはさきに述べた公判手続等と併せて追申する。
第四点 判決中の其の他の事実
一、大塩組等の事と、事務所の火災、単に月丈を基準としている。
二、大塩組の内部関係と火災の関係も何等考えていない、唯安易な結論を出したにすぎない。
之れ等の各事実に就いては、控訴趣意書及び其の補充書等に詳細述べた弁護人主張の通りである。就中右事実に就き判断を希えば本件起訴事実は無罪であり、量刑不当であることは明らかである。
第五点 結論
刑事訴訟法第四百十一条は云うまでもなく、上告事由以外の不当な判決に就いての救済規定である。右事実の如きがほ脱犯として処罰されることは全く正義に反するものである。当審に於て厳密調査を賜わり、原判決を破棄されんことを上申する。
昭和四五年(あ)第一一四一号
上告趣意補充書
被告人 大村興業株式会社
外一名
本件上告趣意左記の通り補充上申します。
昭和四十五年七月二十九日
右弁護人 小田良英
最高裁判所
第一小法廷 御中
一、趣意書第一点末尾に続けて
1. 趣意書に於て公務員の悪意の取扱によつて修正申告の受付を拒否されたことは先に述べたが、被告会社が査察を受け不当捜査の疑いがあつたので、会社は税務事務専門の中条政好弁護士に委任して之が調査を開始した。(後に当弁護人も之を担当する積りで参加した)処が日ならずして会社代表者大村が「この儘行けば送検などなく済む、余り弁護士を入れ国税等をかき廻すと反つて起訴等になると云うことだから、とて、相当の着手金まで出していたものを断つた(内々は国税庁関係が紹介したとかと云う税理士に依頼すればと云うことで之を断つたのであつた)
2. ところが送検起訴されたが、誰がとは云い兼ねるが、正直に云えば軽い罰金刑位で済む、公判には弁護士は要らないと云うことで事実上顧問である当弁護士を故ら第一審の公判には選任届を出さないことにした。
3. ところが第一回公判で手続等何も知らない異国人である被告人が、事実の認否から検事の論告まで進められ、而かも論告では被告人が他国で国賊的脱税をした厳罰にすべしと懲役刑まで求刑された。これに驚き又憤慨した被告人は、人を欺したとして当弁護人を第二回公判より選任するに至つたものである。
之は右に述べる証拠等の判断に重大な関係がある。
二、仝第二点中「一」の八幡神社関係に就いて
1. 本件払下げの経過に就いては先に述べたとおりであるが、大村、増岡の両名が之の払下げを受けるについては、其の資金全額を太平信用金庫より借入れたものである。又其の土地の売却代金は税の分を除き仝金庫に先に借りた分は其の儘にして之を預金し、更に増岡と会社外の事業を計画していたものである。
仝金庫は之を数人名義に別けた預金として扱つていたものである。
これを会社の査察に際し、無理に会社財産に組替えさせてほ脱犯として取扱つたものである。
之は全く個人の取引の自由を侵害したものである。
三、仝第二点 斉藤良二の分に就いて
1. 之については先に述べた処であるが、第一審判決は「斉藤良二より所有権移転の仮登記を了した」と前提し、単に経理が不当であると云うだけで、弁護人主張の重点、増岡名義で斉藤が預けたもので、会社への担保でないこと、及び増岡名義の権利さえも斉藤良二の行方不明と民法上の債権譲渡手続上の不備で行使が不能の状態であつたことには何等触れず、原審も亦之を支持し、本件の取扱自体が不正ありや否やほ脱犯を構成するのか、構成しないのかには何等審判を与えていないのである。斯くて本件に於ても前記八幡神社関係と共に何等被告人等には脱税の意思其の他不正はなかつたものである。
四、被告人大村の自供(四一・五・七付)に就いて
1. 之は前記「一」に述べた通りの事情で全く無理解の異国人に利益誘導の結果であつて、任意性はないもので、公判廷では自己資金のことを中心に述べているもので、脱税の意思を認めているものではない。
2. 而してこの別名義の分も常に流動的に会社の事情によつて使用されているので、むしろ被告人が年度毎の配当を受けていたなら、之を上廻る自己資産があつた筈である。
3. 弁護人は裁判官交代の際、審理更新の際、当弁護人の関与した部分に就いて異議なく之を認めたのである。(此の点公判調書上念をおすことが足らなかつた)
4. 要は公判中心主義に審判を希望して来たものである。たとえ其の様な自白調書があつたとしても、仮りに先の八幡神社、斉藤良二、関係の如きは明かに其の自白が関係をもつて来たのであるが、其の真実に照して裁判をすべきものである。 (以上)